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comments(0) / - [考え事]
異文化にふれて
私はキリスト教主義の学校に通い初めて5年くらい経つんだけど....


最初は、毎朝やる礼拝で

「神様が....」

とか言ってる先生を見て

(神様なんかいるわけないじゃん)

聖書にある科学的に考えたらありえない話を読んで

(なんでこんな意味分かんない話ばっか書いてある聖書がこんなに世界中で愛読されてんだ?)

と思っていたんだけど


今は神様っているんだなと思う。



未だに聖書の話はウソだろ...とも思うけど


神様は存在するかしないかといったら、目に見えて存在はしないけど

゛いる゛んだと思う。




人は誰ひとりとして完璧に生きられない

あぁしたい
こうしたい

ってそんな欲はたくさんあって

あぁできない
これもできない

ってできないことばっかり


どうして自分は上手く生きれないんだろう

どうして自分は思い通りに生きれないんだろう

そんな思いをいつも抱えてる。


人間は不完全だ

私はキリスト教信者じゃないけれど、
こういうことを考えていくと
「完全な万能の主」の存在がどうして必要だったのかよくわかる。



誰もが弱い存在で
それを抱えていて
それを絶対託せる存在が必要だった。


でもそれは人間じゃダメだった。




神様っていうのは
人間の゛信じる゛心が生み出した塊なんじゃないかと思う。


この世には何も確かなものはないから

信じることですべてが始まる。


゛信じる゛っていうのは、すごく不確かなことだ。

不確かすぎて、結び付きが見えなくて不安になる。

逆に信じすぎると不確かなことさえ忘れて絶対に思えてしまう。



どちらに傾いても危ない。

だから難しい。


でも信じなきゃ何も始まらないから。



今の時代、科学に頼りすぎて、はっきりと目に見えるものばかり追いかけがちだ。


そんな時に、キリスト教にふれて、宗教の存在が私に「信じる」ことの意味をちょっと教えてくれた気がする。



決して目には写らない形のないものを信じてみることは
とても怖くもあるけど
それができるのなら素晴らしいことね

正気保っていられなくなりそうなこんな灰色の町の真ん中でも
そんなもんなんだって
何か諦めたように力なく笑ったりしないで


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文字にする
最近、「哲学の覚醒」っていう話を読んで、
感動したからこれは絶対文字にしよう!
って思ったんだけど

その話を読んだ次の日に、先生からその話の解説を受けて
「あぁやっぱすごいいい話だ」
と思ったんだけど、
全く文字にする気が起きなくて。


普段なら、思い付いたことがあれば食事の時間もおかまいなしに、文字にしたくなっちゃう体質なんだけど

昨日はむしろ
「文字にしたくないな」
って思って


なんでだろ?

って感じでした。



文字にする

っていう行為は自分(主体)から切り離した客体にする行為なんだけど


感動は主体で感じるものだし
まして゛言葉゛のもつイメージは人によって違うから

文字にすることで、陳腐なものになりかねない




みたいな文章を読んだことがあるんだけど、

昨日は本当にそれを感じました。


人は感動すると
その感動は主体と一体化しすぎて
客体化できないのかな。

それか、客体化することで陳腐なものになってしまうことを恐れているのかな。


よく分からないけど
貴重な体験をした気がします。




僕は君に何を伝えられるだろう
こんなちっぽけで小さな僕でしかない
今はこれ以上話すのはやめとくよ
言葉はそうあまりにも時に無力だから

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文章は経国の大業、不朽の盛事
こんな文章を読んだ。



現代の社会は、無意識の宇宙を構造化する力をなくしかけている。


生まれた時は、私たちは他者を理解できない主客一体の状態にあり、

生後6か月くらいで、「ママ」という言葉を覚え、
初めて他者を意識し始める鏡像段階に入る。


カオスを分節化し、ノモスの状態にすることができず、
本来個人の中におさめておくべきことが社会にでてきてしまっている。


それが殺人などを引き起こす。



そして、その無意識からわきでた象徴化されなかったものたちは、新しい水路を求めている。



学校の教育や家族は、ノモスに近付きすぎる。

芸術やゲームはカオスに近過ぎる。



カオスを知的対象としていったん分離し、再び接近して、カオスとノモスの間の適当な距離を保つことが必要だ。









私たちは生まれた時、カオスの状態だった。

けれど、生きていくうちにどんどんそれが秩序だっていく。
その分節化に大きな役割を果たしているのが言葉なのだ。



言葉は儚い。
目に見えない。
伝わらない。


けれど、私たちは言葉に大きく依存している。

だから難しい。



長年人気のあるアーティストって
歌詞が良い
と言われる人が多い気がする。

歌手はもちろん、歌で伝える職業だ。
けれど、やはり私たち人間は、何かを伝える時はやはり言葉で伝えることに頼っている証拠なんじゃないかと思う。




言葉は時に無力だ
伝えたい想いはあふれても言葉にできない


それでも私たちは、゛言葉゛と向き合わなきゃならないんだと思う。




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普遍論争
実在論(実念論):全ての個体には本質的には何ら相違性はなく、ただ普遍概念に基づいて実在している。

唯名論:真の実在は個であり、普遍概念は個を総合して言い表す単なる名称にしかすぎない。




11Cに普遍論争(実在論VS唯名論)が起こった。



今の世の中はどっちかと言うと唯名論な気がする。



僕たちはほんの点でしかなく
全てでもあって


いつの日かそれが結び合って線になるのなら




誰の存在だって世界では取るに足らないけど
僕らの世界はそれがあって作られる


私たちは、1人1人小さな存在でしかない

でも゛全て゛はその小さな点から作られている


協力し合って何かを成し遂げられるのなら

私たちは線という一様なものの一部なのではない
個という違うものを並べても



それが結び合って

線になるのなら




一様になるようにすれば線になるのは簡単な気がする

でも違いを認めた上で線になるのは難しい



けれど愛をもっていれば大丈夫じゃないかな



最後に価値があるものなんて愛だけでしょ


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